23SS ‘TIME’
~Kairos is by your side

「何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて定められた時がある」

「TOKIARI」は、旧約聖書三章「コヘレトの言葉 / 時の詩」から感銘を受け命名したものです。私はキリスト教の信者でもありませんが、この詩と出会った時に深く心に染み入るものがありました。その詩をご紹介させて頂きます。

天の下では
すべてに時機があり
すべての出来事に
時がある

生まれるに時があり
死ぬに時がある

植えるに時があり
抜くに時がある

殺すに時があり
癒すに時がある

壊すに時があり
建てるに時がある

泣くに時があり
笑うに時がある

嘆くに時があり
踊るに時がある

石を投げるに時があり
石を集めるに時がある

抱くに時があり
ほどくに時がある

求めるに時があり
失うのに時がある

保つに時があり
放つのに時がある

裂くに時があり
縫うに時がある

黙すに時があり
語るに時がある

愛するに時があり
憎むに時がある

戦いの時があり
平和の時がある

この「コヘレトの言葉 / 時の詩」は、人生の喜怒哀楽をコントラストにした対句で構成されています。生まれる時、死ぬ時から詩は始まり、人生全体を網羅しています。また同時に、自らは直接関与できない神の采配が象徴的に表現されています。

時を振り返れば、あの時、見えない手によってどこかに運ばれた、救われた、または引き裂かれた、という経験は誰しもお持ちではないかと想像します。そのように、自分の意思を超えたところで遭遇した出来事をここでは「神」と言っているのだと私は解釈しました。

個人的な話をすれば、私の実家は岩手県宮古市で、東日本大震災での壊滅的な被害を受けました。青く美しい海が鬼神の如く変貌荒れ狂い、慣れ親しんだ風景が地獄に変わりました。

悲しい話ですが、心の痛みは薄れてきました。ああすれば良かったなどの後悔はまだ消えません。しかし、幼い頃の田舎の風景はより鮮やかになり、母との交わした言葉と記憶は美しいまま、私の人生を支えてくれています。これが時の効能なのだと感じています。



今回のコレクション、’TIME’ 。
この詩のように、対比する白と黒のコントラストで構成しています。

白は、可能性、純粋、正義、平和、、、
黒は、孤独、闇、恐怖、喪、、、
などのイメージがあります。(しかし、黒ほど私たちに馴染みのある色はないように思えます。)

私たち喜びや悲しみは、切り離されたものではなく、地続きであり表裏一体のコインのようなものです。時が過ぎていけば、さまざまな出来事も、あれで良かったんだと思える日がきっとくる。残念ながらまた、その逆も然りもありますが。我々は人生という名のメビウスの輪の道を歩き続けるほかないのです。

私自身の人生も半世紀を過ぎ、この道で生きること四半世紀、手を替え品を替え新作を絶えず創造する意味、気力体力の衰えも実感していました。右肩上がりで階段を駆け上がり続けることは理想だけど、もう息が切れそうだ。踊り場で腰を下ろしてひとやすみしたい、と思うようになってきました。

ちょっとタイム。

そんな独り言で名付けられた今回のコレクションは、あれこれ手を出さず、背伸びせず、しっかりと地に足をつけて制作しようと決めました。

衰えを愛でる。負けを味わう。苦厄を笑う。

そのような枯れた心象をデザインに素直に落とし込みたい。自分が本当に着たい服を納得できるクオリティで作る。そう決めたら、真っ先に向き合うのはシャツでした。なにしろ、私は、ほぼ毎日シャツを着ています。初めて自分でシャツをデザインした気持ちを思い出して、シャツと向き合うことでした。

現在のショップである藤井大丸百貨店の売場にデスクを持ち込んで、布地見本を山積みにしてうんうん唸りながらスケッチして考える。(お客様から見たら変な光景だったと思います。)ひとつのアイテムだけに集中して深く時間を費やすということは、不安との戦いでした。しかし、今となっては、将来に繋がる有意義な時間だったと思えるようになりました。あれは、カイロスの時だったと。



冒頭の「コヘレトの言葉」の詩のように、すべての人にはさまざまな苦難と困難が訪れます。ままならない体、ままならない愛、ままならない人生。かと思えば、小さな幸せ、思いがけない大きな喜びも訪れる。愛は振り子のように大きく小さく絶えず揺れ動いています。

こんな世界で私のできることといえば、ささやかな規模でも良い服をつくり、着る人の気持ちを鼓舞することだと思います。お客様がシャツに袖を通し、笑顔になってくれること。お互いの美学を分かち合い共感する瞬間。これが今の私の喜びであり力にになっています。この幸せの時のために、私は作り続けていたいと思うのです。

泣く時には、あなたを抱きしめるように
嬉しい時は、あなたが一層輝くように
負けそうな時は、あなたの盾となり
戦う時は、あなたの鉾となる

たかが服、されど服。

あなたの生活の悲喜交々を TOKIARI のシャツと共に歩いて欲しい。そんな存在になって欲しいと願いながら制作しました。
このコレクションをあなたに贈ります。


TOKIARI
中村憲一

母の日に捧ぐ
写真:幼少期の私と母







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